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2017年05月09日 (火) | 編集 |
つぶ鹿は現在はマイカーを所有していない。


高校時代は自動車クラブで、ギアボックスの分解とか平気でやっていたのだが、排気ガス対策以後はわけの分からんパーツが増えて、自分で手入れをしなくなった。


最初に持った車はルノー5。

Renault5.jpg

CAR GRAPHIC の長期テストで、矢鱈と壊れるけれども魅力的なモデルと感じたので、当時の自分としては大枚はたいて購入した。


乗り心地の良さ、快適なシート、乳母車の幌のように開閉出来るサンルーフ、ステアリングのレスポンスの良さ、etc. 実に魅力的な車だった。


しかし。。。



最初に遠乗りした時に、突然のオーバーヒートに襲われた。 

       ( ;´Д`)

何と!


冷却ファンが外れていた!!


ある程度の速度で走行していれば冷えるが、渋滞するとたちまち湯気を噴く。



結局、渋滞が収まる深夜まで待って、辛うじて帰宅出来た。


その後もルノー君は壊れ続け、毎月どこか故障で入院する事になった。


それでもこのフランス車の魅力には抗し難く、壊れても壊れても乗り続けたが、修理費用が嵩み、3年後に泣く泣く手放した。



新たにやって来たのが、ホンダのアコードエアロデッキ。

エアロデッキ


これもいい車ではあったが、ルノー君のような魅力はなく、国産車の品質の良さが取り柄ではあった。


こいつの欠点は、最低地上高が妙に低く、腹を擦り易い事にあった。


ちょっとした段差を乗り越えた際にトランスミッションのケースが割れて、盛大にオイル漏れを起こして緊急入院した事があった。


その後、つぶ鹿は車に興味が無くなっていき、山一、拓銀、三洋証券の破綻に始まる経済危機もあり、ゴルフもやめてしまったので車検切れを期に手放した。



何年かは車無しの生活を続けたが、嵩物を運ぶ必要に迫られて、背の高い軽を物色して十数年落ちのミニカトッポを手に入れた。

トッポ


高級?輸入車からボロの4ナンバー軽になるとは、まさに潰れかけの鹿の象徴だった。

       ・゚・(つД`)人(´Д⊂)・゚・。


車はまともに走って、曲がれて、止まれれば良い、という単なる道具に過ぎなくなってしまった。


それでも滅多に乗らないので、車検と車検の間に燃料補給が僅か1回!という状況になってしまった。

           ( ̄◇ ̄;)


それなら不要だ、という事でこれも処分することになった。



数年間、車無しでも特に困る事はなかったのだが、突然にゴルフを再開したものだから、またしても車が必要になった。



そこで父親の車を借りる事にしたのだが、こいつは背が低くて着座位置も低く、腰痛持ちのつぶ鹿には1時間乗るのがやっとだった。



自分の車を持たねばダメだ、と思っていた矢先に父親が昇天してしまった。



車の相続にはかなり面倒な手続きが必要で、しかも4月に入ると自動車税が掛かってしまう。


結局、この車は処分して、自分の車を物色する事になった。



条件は、背の高い軽でAピラーが余り寝ていない事。


最近の車は矢鱈とAピラーが太く、更に昔の三角窓のような梁が入っているのだが、プリウスのようにAピラーが寝ていると右前方の視界に難があるからだ。



そこで目を付けたのが、スペーシアとタント。


家から徒歩で行ける距離にスズキの販売店があるので、行ってみることにした。



           Part 2 に続く  (σ・∀・)σ




2017年05月01日 (月) | 編集 |
父親を亡くしてから、つぶ鹿はひたすら多忙だ。

父親の自動車保険は更新手続きをしたばかりだった。

その保険を解約するのが大変だった。

保険会社がいうには、死亡者には解約出来ないので、家族に名義変更の上で解約するのだと。

しかも、同居家族がいるならその人物だという。

その上、TELによる聞き取り調査があるのだそうだ。

母親は認知症で、まともな会話が出来ないのでダメ。

それでは弟でと思うと、こいつは嫌だと言う。

何度も保険会社と交渉の末、ようやくつぶ鹿に名義変更して解約、という事にしてもらえた。


それにしても、ネットの保険会社というのは保険料は安いが、TELはなかなか繋がらないし、毎回オペレーターが異なるので、同じ話を何度もしなければならなくて始末が悪い。


解約出来るまで1ヶ月程掛かってしまった (-_-;)


父親の自動車も11年落ちで、来年からは自動車税の割り増しになるし、車高も着座位置も低くて長時間乗ると腰にきついので、処分する事にした。


しかし、簡単にはいかない。


父親が生まれてから死ぬまでの全ての戸籍が必要なのだ。


全ての相続人を明らかにするためには、
戸籍法が変わる度に古い戸籍情報は全部事項証明書から抹消されるので、その改製前の原戸籍を全て取得しなければならない。


父親の生誕地の役所に問い合わせた所、他所で生まれて後に転入している、と言われた。

???

そんな話は聞いた事もない。

どの自治体から転入したかは教えられない、原戸籍に記載されているからそれを見ろ、と言うのだ。


???

あちこちの親類に問い合わせても、誰も知らない。


ひょっとすると、庶子だったのでは?という疑いが沸き上って来た。


しかし、現在の戸籍の全部事項証明書には問い合わせた◯◯市出生、とあるのだ。



仕方ないので、◯◯市にある原戸籍謄本と除籍謄本を取り寄せた所、◯◯市の生まれと記載されていた。


◯◯市役所の市民課のおねーちゃん、出鱈目を言いやがって!

       ヽ(`Д´)ノ

続いて、現在の本籍地の役所で全ての原戸籍をくれ、と言って出て来た原戸籍謄本を見ると、明らかに間が抜けている。


◯◯市と現在の本籍地の間を何往復かしていたようなので、他にも原戸籍があるようだ。


ネット上の情報では、大正生まれだと原戸籍は4〜5つあるらしい。


戸籍法の改正は昭和23年と平成6年にあったので、昭和23年以前と昭和23年〜平成6年の2つの原戸籍があるのだろうか?


自治体2つ分なら、合計4つなのか  (゚Д゚)?


現在の戸籍の全部事項証明書には、

【改製日】平成26年1月11日
【改製事由】平成6年法務省令第51号附則第2条第1項による改製

とある。


何だか、良く分からん  (´;ω;`) ブワッ


結局、原戸籍集めはガ◯バ◯の行政書士がやってくれたので、車を処分する事が出来た。


行政書士は、自分が取り扱う案件の関係書類を取り寄せられるのだそうだ。



役所の手続きも大変だった。

2回に渡って、延べ4時間くらいかかった  ( ;´Д`)  


年金関係の手続きも一筋縄ではいかなかった。


こういった手続きは、同居家族でないと出来ないものが多く、父親と別居のつぶ鹿には大きな壁になっていた。


父親と同居している (筈の) 弟は、父親の入院中に一度も病院に行かず、退院してからも一切介護をせず、つぶ鹿が3日徹夜で介護しても知らぬ顔で毎日外食していた、というとんでもない奴なのだ。


つぶ鹿が心房細動の発作で父親の火葬に行けなかった時、
こいつは役所の手続きは全て自分がやると宣言して、
葬祭費用の領収証を自分の名前にしてしまった。


おいおい、葬祭費用を出したのはつぶ鹿だというのに。。。

        ( ´゚д゚`)  


翌日、こいつは「俺は何もやらない!」と言い出した。


領収証がこいつの名前なので、後期高齢者の葬祭費用5万円の申請ができず、葬祭業者に頼んでつぶ鹿の名前の領収証に変えて貰うのに1週間かかった。


こいつはいざとなると必ずケツを捲るので、何も任せられないのだ。



結局、全て自分でやるしかないという結論になった。



最大の難関は、預貯金通帳が入っている金庫が開かない (らしい) という事だった。

1回は開くかも知れないが、一旦閉めたが最後、2度と開かないかも知れない、という大問題に直面したつぶ鹿はどうする?


           Part 2 に続く  (`・ω・´)



2017年04月21日 (金) | 編集 |
前回の記事で、YouTube のHans Rosbaud 指揮 SWF 交響楽団とされる演奏、つぶ鹿の疑い通りに別物の演奏だった。

この動画をアップしたドイツ人?、とんでもない野郎だわ。

マタチッチ指揮 ミラノRAI交響楽団のブルックナー 交響曲第5番のついでに買ってみたのだ。

マタチッチ Bru 5

HMVではこのCDが1962年と表記されているが、注文して届いたのは1953年のモノラル録音だった。

Rosbaud No5

多分、騙されていると知りつつ、このCDを加えないと送料378円がかかるので敢えて注文したのだ。

CD自体は825円なので、447円で買ったと思えば別に腹も立たない。

モノラル録音だが、24bit 96kHzマスタリングで音質も演奏も決して悪くはない。


では、YouTube のHans Rosbaudとされる演奏は誰のものか?


「どこかで聴いたような」演奏と書いたが、どうもPart 1で紹介したルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルのようなのだ。


この演奏は、YouTube からは削除されているし、CDは廃盤、レコードは2セット持ってはいるが、レコードプレーヤーを接続している装置はアンプが壊れて聴けないので確証はないが。


それにしても、1953年のモノラル録音を1962年 (当然ステレオ録音) と称して売るHMVの体質には腹が立つぜ  ヽ(`Д´)ノ  



2017年04月06日 (木) | 編集 |
とうとうPart 4になってしまった。

そろそろ本命?の第8番について書きたいのだが、第5番の話題がなかなか尽きない。

YouTube で良い演奏を発見した。

Max McBride 指揮 Bruckner Orchestra Sydney という演奏だ。

指揮者もオケも全然知らないし、オケも巧くはないが演奏はかなり良い。

楽員が若者ばかりなので、学生オーケストラのようなものか?

第1楽章


第1楽章は徹頭徹尾暗い。
当時のブルックナーは第3番の初演が悪評まみれで、失意のどん底にあった。

この楽章の聴き所は第1主題の展開だろう。

金管の咆哮、ティンパニの激しい打ち込み、これこそブルックナーの孤独の叫びではないかと思う。

この第1主題は終楽章の最後にも現れて、全曲を締めくくる事になる。

第2楽章


冒頭は第1楽章の暗さを引き継いだような、重い足取りのごとき弦のピチカートで始まり、オーボエが吹く第1主題も相変わらず暗いが、それに続く第2主題の深い響きが素晴らしい。

提示部では荘厳だったこの主題が、再現部では低弦の穏やかなピチカートを伴って現れる部分や、それに続く木管の寂しい掛け合いが心を惹く。
終わりそうで終わらない、最後の部分がやや冗長なのが惜しい。

第3楽章


冒頭の音形が第2楽章冒頭のテンポを速めたものだが、曲想が次々と変わって行く変化が面白い。
中間部初めのホルンのソロが場違いなくらいに牧歌的で、別の曲が始まったかと思う程だ。

第4楽章


Part1にも書いたのだが、この楽章はベートーヴェンの第9番の影響が強く感じられる。

冒頭は第1楽章の導入部の回想で、クラリネットの動機がこれを遮る。

この動機がベートーヴェン第9番のスケルツォの動機に似ている。

続いて第1楽章第1主題の回想をクラリネットの動機が遮る。

更に第2楽章第1主題が現れると、クラリネットの動機が強く否定する。

この辺もベートーヴェンの第9番の終楽章の初めに似ている。

そして、クラリネットの動機に基づくフーガ主題が始まり、低弦から高弦へと移って行く。

第2主題は牧歌的な田園舞曲のような主題で、のんびりと甘い夢に浸っているような曲想だ。

眠りに落ちそうになった時、突然、フーガ主題の動機に基づくフォルティシモの嵐が現れ、聴く者は甘い夢から覚醒させられる。


これもベートーヴェンの第9番の終楽章の冒頭に良く似ている。

弦の上昇音形はまるで大宇宙に飛翔する火の鳥のようで、牧歌的な田園風景から遠い別世界に連れ去られたようにさえ感じる。


フォルティシモの嵐が静まると、金管がこの楽章の、というよりもこの曲の核心といえるコラールを厳かに吹く。

あたかも火の鳥に連れられて行った世界で、究極の音楽を見いだしたかのようだ。


展開部は弦によるコラール主題のフーガで始まる。

まるで何枚もの透明な曼荼羅を重ねて見るようなフーガだ。

やがて、コラール主題のフーガの中にフーガ主題のリズムが加わっていき、遂に金管がコラール主題、弦がフーガ主題という2重フーガに発展する。

2重フーガもベートーヴェンの第9番の終楽章と同じだ。

あたかも2つの銀河が衝突したかのような壮大な2重フーガだ。

ブルックナーの音楽は宇宙的だ、と言われたりするのだが、この部分を聴くと最早人間の世界ではないように思えるのだ。


2重フーガの展開部の後は第2主題の再現を経て、結尾部に入る。


ここでは核心の筈のコラール主題が姿を消して、第1楽章第1主題とフーガ主題が絡み合って行く。

聴く者はコラール主題が消えて困惑し、遂にフーガ主題が金管のフォルティシモで現れた時にはこのままフーガ主題主導で終わってしまうのか、と思ってしまう。


次の瞬間、金管が高らかにコラール主題を吹き鳴らし、フーガ主題は低弦に移って陰になる。


「ブルックナーは神を観た」などと解釈する人々もいるが、
この曲で最も素晴らしい場面だ。

名演とされるものでも、ここで感動出来る演奏は極めて少ないのが残念だ。


最後はブルックナーの交響曲の常套手段で、第1楽章第1主題で全曲を締めくくる。


つぶ鹿は疲れた時、いつもこの終楽章を聴いて活力を取り戻すのだ。


Bruckner Orchestra Sydney の金管はしばしば音を外すが、余り気にならない。

透明な弦、渋い金管というブルックナーの響きを出しているので、致命的にはならないのだ。

ブルックナーの作品に対する愛情や共感があればこそ出来る事だろう。

巨匠と言われる指揮者と一流オーケストラの演奏でも、これより酷いものが山ほどある。



しかし、終演後の拍手喝采の下品さはどうだろう。

英国から島流しにされた犯罪者の末裔から始まった国だけの事はある。



などと書いている間に、また良い演奏を発見した。

Hans Rosbaud 指揮 SWF 交響楽団


YouTube には1953年とあるが、その時代にはステレオ録音はなかった筈なので、1962年の録音と思われる。

最初に聴いた時、およそ抵抗がないのには驚かされた。

どんな名演でも、聴いていてどこかに抵抗があって、それさえなければと思うものなのだが、この演奏には殆ど抵抗がない。

どこかで聴いたような、まるでつぶ鹿の理想の演奏のように聞こえる。

強いてケチをつけるならば、最後のコラール主題を吹く金管がやや粗い、という程度だ。

これは驚くべき事だ。

同じ指揮者とオケの1950年代から60年にかけての7番、8番も少し聴いたのだが、悪くはないがかなり抵抗があった。

到底、同じ指揮者とは思えない程だ。


わずか数年でここまで高められるものなのだろうか。

「どこかで聴いたような」演奏という事は、つぶ鹿の知っている別の演奏なのかも知れない。


YouTube のコメントにも、これは1953年のものではない、というドイツ語の書き込みがあった。


真実を知る為に、HMVでこのCDを注文した。

その演奏が YouTube のものと同一であれば、つぶ鹿にとって宝物になるだろう。


興味深い事に今回取り上げた2つの演奏は、何れも第2ヴァイオリンを指揮者の右に置く、対向配置になっている事だ。

Part 1で紹介したケンペ / ミュンヘン・フィルとブロムシュテット / ゲヴァントハウス管弦楽団も対向配置だった。

具体的には左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンとなる。

対向配置は昔風の配置だそうで、最近は左から
第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラとする指揮者が多いようだ。 ( ドイツ式というらしい )

稀に第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとする指揮者もいて、アメリカ式というらしい。

チェロのような大型楽器がステージの最前列にいるというのは美しくないので、つぶ鹿の美学では問題外だ。

つぶ鹿は対向配置を好んでいる。

ドイツ式やアメリカ式では聞こえ難い第2ヴァイオリンとヴィオラの音形が良く分かるからだ。




2017年04月01日 (土) | 編集 |
父親の家の台所の隅に大量に置かれていた牛乳パックはM治の「おいしい牛乳」だった。

近所のスーパーでは税抜248円、つぶ鹿がいつも買っているM永のものは税抜158円だ。

牛乳といっても、我が家で使うのはカフェオレとカボチャのクリーム煮だけなのだ。

税抜158円のもので十分、と思っていたのだが、父親亡き後に冷蔵庫にあった「おいしい牛乳」持ち帰って使ってみたら、安物とは明らかに違う。

M永の158円と比べると、明らかに色が濃く、牛乳と生クリームの差のような違いがある。

カフェオレに使ってみても圧倒的な差がある。

成分を見ると、脂質の量が倍以上違う。

M治おいしい牛乳 成分

M永の牛乳 成分

生クリームでも乳脂肪分の違いで明らかな差があるのだが、牛乳同士でも大差があるのだ。


というわけで、我が家でもM治の「おいしい牛乳」を使うようになった。

父親の形見?が牛乳とは情けないものがあるのだが、これを見る度にしょうもなっかった父親を思い出す事になるのだろうか。



2017年03月04日 (土) | 編集 |
或る日弟から、父親の脚がむくんで紫色に変色している、と連絡があった。

行ってみると、右足が巨峰か無花果のような色になっていて、左脚も靴下の痕がくっきりする程にむくんでいた。


これは唯事ではない、と昨年夏に受診した病院の血管外科に連れて行った。

R の右足1月31日


翌日に検査入院する事になったが、事は簡単には済まなかった。

本人は数日の検査入院のつもりなので、当初から「個室!」と言い張っていた。

個室にもいろいろあるのだが、ただ「個室」と言ったものだから一番高い10,000円 / 日のバストイレ付きの部屋になってしまった。

トイレはともかく、風呂はいらんじゃろ!と言っても「そのうち入る!」だとか「テレビで野球 (WBC?) を見たい!」と主張して「部屋を変わる気はない!」と言い張る。


おいおい、連帯保証人のつぶ鹿にはそんな支払い能力はないぞ。。。
病室をホテルと勘違いしとるのか?

入院2日目の右足、未だに無花果色だ。

R の右足2月2日. JPG

困った事に嚥下性肺炎を併発し、主治医から悪化した場合に人工呼吸器をつけて良いか?と聞かれた。


人工呼吸器というのはダースベイダーのマスクのようなもので、はずしたら死んでしまう。

自発呼吸が出来ない人間を「無理矢理」呼吸させて生かす道具だ。

だからといって、つけるな、とも言えないので、救命の為なら使ってくれ、と答えた。


翌々日、病院に行ったらトイレのみの病室に変わっていた。

本人曰く、「知らない間に変わっていた」

ナースステーションの傍で、人工呼吸器が置いてあった。

おいおい、マズい状況じゃあるまいか?

人工呼吸器は使われてはいなかったが、「知らない間」というのは意識がなかったのでは??


ベッドサイドモニター  BSM-2303

ベッドサイドモニター


人工呼吸器

人工呼吸器

固形物を食べると誤嚥するので、点滴になっていた。

「ご飯食べたい。。。」

と言うのを聞いて、少しかわいそうになった。


しかし、2日後には
「元の部屋に戻る!」と騒ぎ出した。

病院側も迷惑だったらしく、主治医からは
「退院して介護に移行して欲しい」と言われた。

この頃には無花果色の脚も泥牛蒡色に改善?されていた。

牛蒡色の脚

2月15日、退院に備えてのリハビリ

2月15日のリハビリ


数日後、病棟看護師からTELがあり、本人が退院を希望し、主治医も許可したので迎えに来いという。

自力でトイレにも行ける、というのだ。


何?
突然良くなったのか?

半信半疑で迎えに行ったら、立ち上がる事も出来ず、到底退院出来る状況ではなかった。

看護師達も退院して大丈夫なのか?と心配していた。

仕方がないので、車椅子から車に乗せて帰宅した。

退院直後の R

とても置いて帰れる状態ではなかったので、泊まり込んで看る事にした。

食事の用意をしようにも、台所はゴミとホコリと油汚れとゴキブリの糞にまみれていて、とても調理出来る状態ではなかった。


布巾なんぞ湿って黄色く変色していた。

台所の隅のゴミ、他は余りに汚くて撮影不能

台所の隅


あらかじめ業務スーパーでパックご飯とレトルトの丼物を買ってあったが、電子レンジも内部は上下左右飛び散ってひからびた食品の屑がこびりついていた。


どうにか調理?してみたが、父親は殆ど食べられない。


20時頃から寝てしまい、4時半頃まで大イビキをかいて眠っていた。
時折力強く放屁して、到底病人とは思えない滑稽な様子に思えた。

しかし、すぐにそれが甘い認識だったと知る事になる。。。

       ( ;´Д`)

恐ろしく寒い家で、つぶ鹿はダウンに手袋、ニット帽、腰と脚には毛布を巻いてソファに座って居たが、寒くて震え上がっていた。


4時半を過ぎた頃、父親は突然「トイレ!」と言った。

慌てて起こしたら、見事に失禁していた。

おむつをしていたのだが、効果無かった。

シーツと敷き布団をのけて、おむつとパジャマを替えた。

結局、つぶ鹿はこの夜は一睡もできなかった。


朝の室温は5度、父親は掛け布団がないので毛布6枚かけていたが、何れも湿っていて矢鱈重かった。

朝食はビール酵母パンを持って来てあったので、父親はトーストして明治おいしい牛乳とともに食した。

つぶ鹿はビール酵母パンひと切れと野菜ジュース。


次の夜に備えて、隣のつぶクリから電気毛布を2枚もってきて父親と自分で使う事にした。

夕方、一度家に帰って風呂と食事、買い物をして2時間くらいでとんぼ返り。

夕食はパックご飯とレトルトの親子丼風、ポテトサラダ。

親子丼風は余り食べなかったが、ポテトサラダは完食した。


この頃から、痰というか山芋をすり下ろしたような白濁した粘液を吐き出すようになった。


前夜のようにイビキをかいて眠る訳でもなく、何度も粘液を吐き出していた。


午前3時頃、「トイレだ、間に合わないからここにする!」と言い出した。

駄目だ、トイレに行こう、と抱き起こそうとするのだが、つぶ鹿が前方から両脇に腕を入れると何故か右を巻き換えて右四つになろうとして暴れる。

       ( ̄◇ ̄;)

90を過ぎているのに、つぶ鹿より体格がいいので抱き起こすのは至難の業だ。

「俺はもう死にたいんだ!」と騒ぐので、

「生きなきゃ駄目だ!100まで生きてわしらに迷惑かけてみなさいよ!」

といい聞かせながら、右四つから浴びせ倒されそうになるのを辛うじてこらえてトイレまで連れて行った。

大騒ぎしてトイレまで行ったけれど、尿は出ない。

うんち君は出そうだ、と言うので排便するまで待って寝床に戻った。


つぶ鹿は鼠径ヘルニアの手術後、当分は重い物を持ってはいけない、と言われていたのだが、この指し手争いの結果手術創付近がズキズキと痛んだ。


電気毛布のおかげで震え上がる事はなかったが、結局この夜もほぼ一睡もできなかった。

翌朝は父親はトーストは殆ど食べず、牛乳を少し飲んだだけ。
つぶ鹿はトースト1枚と野菜ジュース。

夕方、再び家に帰って風呂と食事して1時間半くらいで戻る。

家で寝たい、家で自作パンの朝食を食べたい、と思うが無理だった。


連れ合いがニトリでつぶ鹿が使っているのと同じ軽くて暖かい掛け布団を買って来たので、湿って重い毛布は何枚か取り除いた。

夕食には父親が挑戦したいと言っていた粥 (レトルトだが) と雑炊の素を買って戻った。


夕食は梅粥にしたが、父親は「味がしない」と言って、2〜3口でやめてしまって「寝る!」と言って床に入ってしまった。


午前2時頃だったか、父親の様子がおかしいので体を起こしてみたら、パジャマもおむつも脱いでしまっていて、下半身スッポンポンだったのには笑ってしまった。

午前4時を回った頃、突然
「明日はアイスクリームを食べたい」と言い出した。


この夜も6時頃から30分くらい眠っただけで、つぶ鹿の疲労も限界に達していた。


父親は朝食に牛乳のみ少し飲んだだけだった。

つぶ鹿は父親と同居している (筈の) 弟に、もう泊まり込みは無理だ、今夜から夜の間は帰宅する、と宣言した。


そして父親の許に戻ったら、コーヒーのような茶色の液体を吐いている事に気付いた。

むむ、これはまずそうだ。。。

茶色の液体を吐くのは消化器系のどこかに出血があって、血液が胃酸で酸化したものらしい。


急遽、3日前まで入院していた病院の内科へ連れて行き、即入院となった。


父親は病室のベッドでは、粘液を吐き出すわけでもなく、安らかに眠っているように見えた。

看護師の説明を聞き終わって病室に行くと、まだ眠っていた。

14時を過ぎて主治医の説明も聞き終わり、3日徹夜の上に、前夜から口にしたのは韓国チョコパイ1個だったので流石に疲労困憊、この日は帰る事にした。


病室を見に行くと、父親は目を覚ましていて
「髭を剃りたい」と言った。

うん、うん、明日剃りに来るからね。

と言って、ベッドを離れようとしたら

これまで見た事も無い優しい目に涙を溜めながら
左手の親指と人差し指で丸を作ってみせた。


ん?

OK?

それともカネ?

まさか、こんな時にトランプの真似で受けを狙った・・・?


どうしたの? と顔を近づけて聞いたら

消え入りそうな弱々しい声で

「ありがとう・・・」 と言った。


続いて、◯ ◯ (弟の名前) を言って

再び親指と人差し指で丸を作った。

今度は何? と聞いたら

「◯ ◯ (弟の名前) に、ありがとう・・・」と答えた。


分かった、明日来るからね、と言ってベッドを離れると

父親は小さく手を振ってみせた。



帰宅してからは正直、ホッとした気持ちだった。

これで家で寝られるのだ、と思いつつ
ビールと清酒を少し飲んだ。

ただ、最後の父親の言葉がどうにも気になって
嫌な予感が脳裏をかすめた。


明日に備えて電気シェーバーの手入れを終わった19時16分、病院から危篤だからすぐ来い、とTELが来た。

病院に着くと、主治医が人工呼吸をしており、
ベッドサイドモニターの画面を指して、心停止していると宣言した。

病院側の話では、気がついたら呼吸をしていなかった、との事だったので、苦しむ事も無く、安らかに旅立ったのだと思いたい。


あの優しい目と涙、そして「ありがとう・・・」の言葉は死期を悟った父親の最後のメッセージだったのだ (T_T)


あらかじめ決めてあった、火葬のみの直葬を行う業者にTELして特に慌てる事なく亡骸を移動出来た。


こうして、つぶ鹿の「老々介護」は4日で終わった。
もう1日続いていたら、こちらが倒れていたかも知れない。



・・・と一息入れる事は出来なかった。


2日後に火葬が決まったのだが、あろう事かその前夜につぶ鹿は心房細動の発作を起こし、父親の火葬に行けなかったのだ。。。


時折起きる発作の持続時間は当初は1時間くらいだったのが、3時間、5時間、8時間と伸びて行って今回は14時間続き、一時はこのまま死ぬんじゃないかと思った。


この続きはいつか書けるかも知れないが、今は書く気にはなれない。


いつの日か、つぶ鹿が死を悟った時に、父親のような優しい目を出来るのだろうか?





2017年02月18日 (土) | 編集 |
以前見た韓国ドラマで、惚けた爺さんがチョコパイを配って歩く、という場面があった。

業務スーパーで韓国のチョコパイを見つけたので買ってみた。

4個入りで税抜き80円だった。

韓国チョコパイ


これがなかなか美味い! (・∀・)

ロッテのプチチョコパイも食べてみたが、韓国産の方が明らかに旨い。

もっともロッテも韓国系企業だから、韓国産も実はロッテ製かもしれないが。

業務スーパーでは何かにつけて重宝する食品が多い。


この乾燥ミニトマトも気に入っている。

ドライミニトマト

甘酸っぱいのでヨーグルトに混ぜても良いし、安いレトルトのミートソースやカレーに入れると一段旨く変身する。

これで税抜き68円!


我が家ではシリアル、醤油、味醂、炒り白胡麻、春雨スープ、麩、海藻サラダ、etc.が業務スーパーのものだ。

中には怪しい食品も有るが、業務スーパーは何かと便利だ。