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2013年07月04日 (木) | 編集 |
いつの話だったか、某小学校の父兄が「給食費を払っているのに、いただきますと言う必要は無い」と騒いだというニュースがあった。

このDQN父兄は「いただく」の意味は「貰う」と思っていたようなのだ 。   (>_<)

「いただく」は「食べる」の謙譲語とは知らないのだな。
それどころか「ケンジョウゴ」と言われても理解出来ないに違いない。

今や、謙譲語も尊敬語も丁寧語も知らない日本人が圧倒的多数ではないかと思われる。

各種メディアでも、「(料理を) お出しする」
「お召し上がり下さい」
「お聞きする」だのと平気で使っている。

身の回りでも、(自分の) 親兄弟が「亡くなった」、と平気で言う人々が多い。
「亡くなる」は尊敬語なので、身内に対して使ってはいけない、という事は知らないらしい。
自分が亡くなったら〜、とおっしゃる方すらいらっしゃる。

(つぶ鹿自身も時々やるが) 目上の相手に対して、平気で「俺」と言って憚らない。
「俺」は自分より下の相手に使う言葉だと知らないのだ。

ゆとり教育では謙譲語、尊敬語、丁寧語は教えないのだろうか。
サラリーマン金太郎のような言動をする新入社員までいるらしいから、状況は深刻だ。

つぶ鹿が中学1年の時、新任の (つまり若い) 英語の教諭がつぶ鹿の父親に「召し上がって下さい」と言う (ありゃ?不敬かな) のを聞いて、敬語とはこのように使うものか、と思ったのを鮮明に覚えている。

謙譲語ではないが、ゆとり教育以前の世代でも、「仰げば尊し」の歌詞、「今こそ別れめ」を「今こそ別れ目」と思っている人物が圧倒的に多いのではないか。

つぶ鹿は中学の国語の時間に、「別れめ」は「別れん」の已然形だ、と習ったのだがね。

ちなみに、已然形とは
「文語の動詞・形容詞・形容動詞・助動詞の活用形の一。助詞「ば」「ど」「ども」などが付いて順接・逆接の確定条件を表す。また、係助詞「こそ」をうけて文を結ぶ。口語では、これに相当する活用形が仮定の意味を表すので仮定形という。」

意外な事に?あの民族は敬語や謙譲語を使い分けている。
少なくともドラマの中では、罵り合いの場面でも、相手が目上や敬意を表すべき関係の時は敬語を使っている。

尤も、吹替えも日本語字幕もタメ口に変えられているので、言葉がわからないと気付く事はない。
あの民族でさえ出来ることが、日本人に出来ないというのは情けないものがある。

但し、彼らは「自分の両親がすでに他界している」と言う時に
「父母様はいらっしゃいません」
という言い方をするので、謙譲語は理解していない可能性がある。

つぶ鹿の診療所にみえている80代の老婦人から
「娘がみまかった」と伺った時、意味を理解するのに1.5秒くらいかかったが ^^; みまかる (身罷る) という言葉を使える世代は殆ど絶滅危惧状態なのだろうか。

今はコメディアンに成り下がった元小泉チュルドレンが、議員時代に人前で自分の両親を「お父さん、お母さん」と言って、幹事長に叱り飛ばされていたが、日本人のレベルはここまで堕ちたのだろうか。

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