2016年06月23日 (木) | 編集 |
昨年5月に書いたPart 2でギュンター・ヴァントの演奏を余り高く評価していないが、彼の名誉のために追加しておきたい。

1970〜1980年代の演奏は良かった。


1979年 NHK交響楽団



かつてNHKFMで放送され、つぶ鹿は第4楽章だけカセットに録音して愛聴していた。
改めて聴いてみると、後年の人工的な弱音がなく、金管の強奏やティンパニの強打が豪快でかなりの名演だった。

N響は強奏部でも汚い音を出さず、到底N響とは思えない透明な響きを出している。

ヴァントの第5番としてはつぶ鹿が最も気に入っている演奏だ。


1974年 ケルン放送交響楽団



N響盤より更に前の演奏で基本的にはN響盤に近いが、金管の咆哮が五月蝿くなる寸前で留まっている、という印象だ。

この響きを耳障り、五月蝿いと感じる人もいるだろうが、「俺のブルックナーはこうだ。文句あっか!」と言わんばかりの演奏には「遅れて来た巨匠」と言われた晩年には失われてしまったものが有るように思う。


1989年 北ドイツ放送交響楽団



1970年代のケルン盤、N響盤と1990年代のミュンヘン盤、ベルリン盤の間に位置する解釈だと思う。

金管やティンパニがやや大人しくなり、やんちゃ坊主がゆとり世代になったかのような、良く言えば中庸、悪く言えば特徴を欠く演奏という感じだ。

名演だとは思うが、いまひとつ印象が希薄な気がする。

手兵の北ドイツ放響という事もあって、指揮者の意思がオーケストラに十分伝わっていて、これが一番と受け取る人も当然いるだろう。


1991年 ベルリン•ドイツ放送交響楽団



上記89年盤よりも金管を強奏して、70年代のスタイルに近いように思う。

オーケストラの特質のせいか、録音のせいか、その金管がやけに汚く聴こえる。
若き日のスタイルを踏襲しようとしても、似て非なる物になってしまったのだろうか。

ヴァントの第5番としては最も中途半端な存在と感じる。



1995年 ミュンヘン•フィル



翌年のベルリン•フィル盤に近い解釈だが、同じミュンヘン•フィルでもチェリビダッケの演奏と比べるとオーケストラをコントロールし切れていないもどかしさが有る。

オーケストラの技量ではベルリン•フィルに劣るかも知れないが、ティンパニ奏者の気迫の凄まじさが聴き所だ。

あまりにも豪快で、終楽章のコーダではティンパニが強すぎてコラール主題が聴き難いが、このティンパニ奏者の活躍がなかったらベルリン•フィル盤の陰に隠れて存在感の薄い演奏になったと思われる。



YouTubeをいろいろ見て行くと、未知の指揮者に出会う事がある。
大抵はつまらない演奏なのだが、↓ この演奏には驚かされた。

ガブリエル•フムラ指揮 
ワルシャワ•フィルハーモニー管弦楽団



フムラという指揮者は全く知らなかったし、どことなく俳優のリック•モラニスに似ていて ww、到底良い演奏をするとは思わなかったのだが。。。。

調べたら、80〜90年代にはN響に客演していたらしい。

5分程聴いて、これはかなりの名演だと気づいた。

弦と木管の音色が透明で、金管は渋い響きを出している。
強奏部でも響きが混濁せず、何よりも聴いていて抵抗が無い。

最後にコラール主題が鳴り響くところでは、感動で胸が熱くなった。

この感触は余程良い演奏を聴かない限り得られないものだ。


終演後、フムラの容姿がリック•モラニスからロリン•マゼールに変わったように思えた w w w

昔からブルックナーを得意とする指揮者は80過ぎの年配ばかりだったが、現在70歳のフムラが数々の名演を残して欲しいものだ。


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