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2013年10月17日 (木) | 編集 |
昔から、つぶ鹿の行きつけの店がなくなる事が多い。

中華料理 と◯と◯
つぶ鹿が診ていた中華屋のオヤジ、人がいい、というか診療の度に女性スタッフに手土産を持って来た。

つぶ鹿が店に行くと、頼みもしない料理を次々と出してくれて、金は取らないのだ。( ̄□ ̄;)

午後になったらスープが濁るので、◯◯麺は作らない、という職人気質でもあった。

おいおい、それで店の経営は成り立つのかいな、と思っていたら突然廃業してしまった。
オヤジも奥さんも善い人だったので、大変残念だった。


割烹 さ◯み家
築地で仲卸をしている業者さんが始めた店。
ここの専務さんも人がいい、というべきか、経営が下手?というか、頼みもしない料理を次々と〜というのが前記のと◯と◯のオヤジと同じだった。

この専務さん、つぶ鹿が店に行ったら、ちょっとそこの店に行こう、と言って寿司屋に入って散々高級ネタをごちそうしてくれた。
さ◯み家に戻っても、僅かな注文しか出来なかった。

旨い鮎を食したことがない、と言ったら、次に行った時につぶ鹿用の鮎が冷蔵庫にある、と板さんに言われ、美味な塩焼きをいただいた。

この時、鮎が旨いものだと初めて知った。
これまで食べた鮎は一体何だったのか?
この板さんもこっそりアワビの肝をくれたりした。

昼のランチを始めたと思ったら、3尾入った海老天重1000円で採算がとれるのか心配になった。
石川の純米酒天狗舞山廃仕込み1合500円はバカ安だった。
20年くらい前の事だが、今でも1升3000円はする銘酒だ。

つぶ鹿の心配は現実のものとなり、こちらも突然廃業。
胸、いや胃に大穴が空いたような気分だった。

以上、と◯と◯も、さ◯み家も現在のようにギスギスしていない、おおらかなバブル崩壊前の話だ。
今と違って、つぶ鹿のステータスも高かった古き良き時代の思い出だ。


その後、つぶ鹿が文字通りの潰鹿になってからも、行きつけの居酒屋、トンカツ屋、酒安売り店、ホームセンター、家電量販店、コンビニ、スーパーetc.が次々と廃業閉店していった。

時代の流れなのか、それともつぶ鹿が疫病神なのか・・・ (-_-;)
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