• 01«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • »03
2018年01月22日 (月) | 編集 |

つぶ鹿宅のバルコニーの目の前の街路樹に

毎日、ムクドリの大群が押し寄せる。


ムクドリの街路樹


夕方4〜5時頃から集まり始め、午前1時頃まで啼き続けて、朝は4〜5時頃から騒ぎ始める。


まるでヒチコックの「鳥」か大型魚に追われる鰯の大群の様相だ。


[広告] VPS


非常に耳障りな啼き声で、騒音計で測定すると、室内でも48dBくらいだ。

市の環境基準によると、夜間 (22〜6時) の騒音は45dB以下とされている。



毎朝、4時5時に起こされては堪ったものではない。


カラスが鳴く頃になると静かになるので

ひょっとして、ムクドリの天敵はカラスなのではないか、と思った。


調べてみたら、案の定鷹などの猛禽類やカラスが天敵だと分かった。



それ故、天敵の鳴き声を模した「威嚇音」を流すとか、猛禽の剥製を置く、青色LEDフラッシュといった対策があるらしい。


しかし、奴らも「学習」して、次第に効果がなくなるようだ。


Amazonにもムクドリ対策にフクロウの人形が売られているが、こんなものが一時的でも効果あるんだろうか?

       ( ̄◇ ̄;)


ムクドリは害虫を食べる益鳥とされているが、

全国的に騒音と糞害を起こしている以上は

人間との共生は無理じゃあるまいか。

       (・A・)イクナイ!




スポンサーサイト
2018年01月09日 (火) | 編集 |


ビートルズのこの曲の歌詞に

When I get older losing my hair
Many years from now
Will you still be sending me a valentine
Birthday greetings, bottle of wine?

というフレーズがある。


つぶ鹿は歯だけは年不相応にきれいだが、頭部は年相応に薄い。

        ・゚・(つД`)・゚・。


いっその事、スタートレックのピカード艦長のように境界明瞭に禿げてしまえば良いのだが、無くて良い所に離島や半島のように残ったりして、ピカードにはならないでいる。

ピカード艦長


「ジャン=リュック・ピカード」というくらいだからフランス系で、フランス語だと「ジャン=リュック・ピカール」と発音する筈だ w



禿を隠そうとして、後方の髪を長くして前方に持って来るという古典的な手法は良く使われるが、禿バレバレだ。


木は森に隠せ、というから禿は堂々と見せれば良いのではないか?


そう思ったつぶ鹿はスキンヘッドにした事がある。



禿を「見えなくする」には有効な手段だったし、シャンプーは少量で済むし、洗髪?後の乾燥も容易になった。



しかし、これには重大な欠点があった。



保水力を失った禿げ山同様に、頭部の保水力が失われた。

その結果、汗がダラダラと首の後ろに流れて、汗疹だらけになった。


おまけに、頻繁に剃らないといけない。

雑に剃ると、頭部の至る所が剃刀負けになった。

        (゚Д゚) 


艶のある頭皮にするには、革製品同様の手入れも必要だ。

鶏皮のように艶がないとさまにならない。


そんなわけで、スキンヘッドはやめて少し伸びたら電気シェーバーで剃っている。

頭部の照り

 ↑ 20世紀の終り頃は頭部に照りがあったが
その筋のオッサンかテキ屋にしか見えない・・・ orz


ワインは自分で買って呑むが、

Sixty-Four のつぶ鹿にバレンタインをくれる人は居るまい。


中学の時に、下級生が家の郵便受けにチョコを入れてあったのだが、その子に対して冷たくあしらった報いかも知れない。


今思えば、気の毒な事をした。

 
まさに、因果応報か・・・  ( ´゚д゚`)  





2017年12月12日 (火) | 編集 |


案の定、というべきだが、父親の次男がケツを捲った。


父親の次男については「あの人の生涯は何だったのか?」に書いた通りだ。

http://ittebattari.blog.fc2.com/blog-entry-289.html


相続税の申告期限まで2週間となった今日、「自分には出来ない!」と言い出した。


いずれ、こいつとは血で血を洗う争いになるのは分かっていたが、いよいよその時が来たようだ。

         ヽ(`Д´)ノ


あらゆる動物の親の役目は、子供に餌の穫り方を教える事だ。


しかし、父親は寄生虫プータローに餌をやり続けたので、こいつは自分では何も出来ない。

全て人がやってくれるのが当たり前、と思っているようなのだ。



こいつがパソコンを使えないらしいのは父親の話で知ってはいたが、
こいつの言い分では

「自分がパソコンをやらない ( ≠ できない ) のは、親父が勝手に電源プラグを抜くから」

だった。



そこでつぶ鹿は、申告書のデータをLibre Officeで作り、こいつの所有するWindowsに付属するExcel 97/2000 の形式のファイルで渡した。


新しいMS Officeでこれが開けるかどうかは知らない。


申告書の第何表のどの欄に何と書くか、を全て入力してあるので、中高生でさえも申告書を書ける筈だった。


CD-Rにして渡したが、奴の持つ2台のWindowsのうち、新しい方の無印XPは電源が入らなかった。

古い方はMillennlumで、MS Office互換のLibre Office が動かないので問題外だろう。



そこで奴はつぶ鹿と同じMacBook Air を買った。


1週間経っても、奴はMacBook Airの電源すら入れられないでいると分かったので、流石に助けてやる事にした。



電源を入れ、初期設定をして、Libre Office をインストール、申告用のファイルがLibre Office で開ける事を確認した。


国税の納付書の書き方のファイルもMacBook Airに入れ、あとはこの通りに申告書に書けば良いのだ、と云って帰宅した。




・・・僅か3日後、こいつは何ひとつやらないまま

「俺には何も出来ない、パソコンは一切出来ないと云った筈だ」

と言い張って全て放り出した  ( ̄◇ ̄;)



こいつは無申告加算税と延滞税が幾らかかるか、は知らないに違いない。

金額を知ったら卒倒するぞ w


こいつといい、父親といい、つぶ鹿には頭がおかしい遺伝子を持っているとしか思えない。



つぶ鹿が子を持たなかった最大の理由は、

この親子のような子供が出来たら、自分だけでなく社会にとって大変な災いだと思うからだ。



おかしな遺伝子は自分の代で絶やさなければならない。



これまでにも、父親の次男が認知症の母親を虐待したり、父親を侮辱した際につぶ鹿と取っ組み合いになりかかった事は何度もあり、いつ刃物が出て来てもおかしくない状況だった。


どこぞの宮司の座を巡る争いに似ていなくもない w



近々つぶ鹿が変死したら、犯人は間違いなくこいつだ。


     (((( ;゜Д゜ )))) ガクガクブルブル 





2017年11月24日 (金) | 編集 |

第1章 つぶ鹿の挑戦

11月21日、自分と母親の相続税の申告と納税を済ませた。

申告期限まで1ヶ月少々で、薄氷を踏む思いだった  ( ;´Д`)



父親が他界した2月の終わりから、つぶ鹿は全てを犠牲にして全手続きを自力でやって来た。


2年前に、このまま相続が発生したら大変な事になる、と気付き勉強して来たので、分からない事に直面して往生する、という事はなかった。


当初は、不動産の手続きと相続税の申告は到底素人の自分には出来そうも無いので、専門家に頼もうと思っていた。


だからといって、自分の知らない所で物事が進むのは嫌だ。


多少なりとも理解しておかねば、と調べて行くうちに、

「自分で出来るんじゃあるまいか?」と思い始めた。


情報は全てネットから入手できた。




第2章 つぶ鹿の選択

7月の終わり、土地と家屋の名義を母親に変える手続きに忙殺されていた頃、10月半ばの恩師の祝いの会の誘いがあった。


会いたい人も居て、その人からの

「会えるのを楽しみにしている」

というSMSだった。



つぶ鹿は4年前の会に行かなかったので


「会えるのを楽しみにしている」というのは

「会いたいから来て欲しい」とも受け取れるが、ただの社交辞令のようにも見える。

        ( ´゚д゚`)


心房細動を抱えるつぶ鹿はアルコールの出る場所に行くのは危険だし、発作を起こしたら周囲に迷惑をかける。


お調子者のM沢A彦は、「俺たちに看取られて死ぬのなら w ( 略 」などと言う。


しかし、その場でなくとも命を落としたら大変な事になる。

        (-_-;)


相続人が相続税の申告前に死亡した場合、「相続人の相続人」が最初の相続の申告期限までに申告と納税をしなければならない。

申告期限は祝いの会の2ヶ月後に迫っていた。

それに続いて次の相続の申告も控えている事になる。


つぶ鹿の相続人は連れ合いだけだが、日頃から「自分には何も分からない」と他人事のように云っていて、何も出来ない事は明らかだった。


全ての情報と金融資産はつぶ鹿が預かっていたので、他の誰もこれを持ち出せない事も確かだった。


つぶ鹿とほぼ同年齢だった伯父が出先で心筋梗塞を起こして他界していた事もあり、無事に申告を済ませるまでは間違っても死ぬわけにはいかないのだ。



祝いの会に行かなければ、会いたい人にも永久に会えないであろう事は分かっていたが、つぶ鹿は行かない事にした。




「行かない」ではなくて、「行けない」なのだ 

        (´;ω;`) ブワッ




祝いの会の4日後、つぶ鹿はその人にTELして

「2次会に来るかと思った」と聞いた時

あのSMSは社交辞令などではなかった、と悟ったが

もう手遅れだった。。。 (T_T) 




携帯の時代になって、昔の真知子と春樹のようなすれ違いは

最早なくなるかと思われたが、

これも一種のすれ違いだったのか・・・



    보고싶었어!






第3章 つぶ鹿、泥沼に踏み込む?

8月10日に複雑極まる法務局の手続きを終えた時、
つぶ鹿は妙な自信を持ってしまった。


これなら相続税の申告も出来るのではないか?


期限までに申告を済ませないと、無申告加算税と延滞税で少なくとも22.8%かかってしまう。


たとえ誤りがあったとしても、申告と納税を済ませないといけないのだ。


税務署から指摘されて修正申告した場合は、隠し財産があるわけではないので不足分の延滞税2.8〜3%程度で済むようだ。


実際に申告書を書いてみると、頭の中を数字が飛び交って、時々訳が分からなくなるが、どうにか書き上げて無事提出した。

         (・∀・)




第4章 つぶ鹿、燃え尽きたか?

今は何もやる気がしない。


鏡に写るムンクの「叫び」のようにやつれた自分の姿を見るにつけ、

我ながら良くやったものだ、と思う。


あのバイタリティが他のところで発揮できない、というのは
いかにもヘタレなつぶ鹿らしい



2017年11月16日 (木) | 編集 |

遺言なんぞ自分には縁がない、と思うかも知れないが、そんな事は無い。


つぶ鹿が全ての相続手続きを自力でやれたのも、遺言書があったからだ。


その辺の経緯は「遺言書狂騒曲」に書いた通りだ。



持ち家に住んでいる人は遺言書が必須である可能性が高い。

不動産の相続手続きは目が回る程煩雑だからだ。


遺言書といっても、自筆のものは書き方が必要条件を満たさないと無効になる事すらあるので、公正証書の遺言書が望ましい。



公正証書の遺言書で遺言執行者に指名されていたおかげで、至る所の手続きが「比較的簡単に」済んだ。


法務局の手続きなど、2年前から勉強していたのだが、頭の中がショートする程複雑で面倒だった。


公正証書遺言書がなかったらお手上げだったろう。


持ち家の土地の路線価 × 面積と建物の固定資産税評価額、預貯金額、その他財産を合計して、

〔 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 〕

より多かったら相続税の対象になるので、公正証書の遺言書を作り、遺言執行者を決めておくのが良い。


公正証書の遺言書なら遺産分割協議をしなくて良い事も大きい。

至る所で遺産分割協議書と相続人全員の印鑑証明を求められるからだ。


相続人に苦労をさせたくなかったら、死後の手続きの事も考えておく必要がある。



ちなみに、つぶ鹿は大部以前に「自筆の」遺言書を書いた。


そこには葬儀はやるな、誰にも知らせるな、と書いたので
何年も経ってから、つぶ鹿の野郎死んでおったよ、ということになりそうだ。

          ( ;´Д`)


父親の亡骸を見た時、人工呼吸をしたので顎を突き出して口を開き、いかにも苦しそうに見えた。


あのような自分の姿を人目に晒すなんて、つぶ鹿の美学が許さない。


それ故、葬儀も知らせもしない。



このブログも、自分という人間が存在した証を残したかったのだが、どうもそうはいかないらしい。


登録アドレスが消滅すると、ブログもただちに凍結 → 抹消されてしまうそうなのだ。


という事は、プロバイダーの料金を引き落とす銀行口座が凍結されたら、「つぶクリ島漂流記」も消え行く運命か。。。トホホ


      。・゜・(ノД`)・゜・。





2017年11月12日 (日) | 編集 |


1995年の作品だそうだが、これまで見た事が無かった。


皺だらけの爺さんとボンレスハムのような二の腕タップンタップンの中年女の、「4日間のラブストーリー」なんぞ気持ち悪くて見られん、と思っていたのだ。


この時、イーストウッドは65歳、ストリープは45歳だったそうだ。


今、自分がほぼ当時のイーストウッドの年齢になってみて、この作品をどう捉えるか知りたくなって、昨日の放送を恐る恐る見た。






・・・見なければ良かった、と思った。




昔の演歌の歌詞でもあるまいに、男はロマンティストでも女はリアリストなので、こんな展開はありえないだろう。


そもそも、これはラブストーリーではない。



イーストウッド演じる老人が、自分のヘタレぶりを一生悔いながら死んで行く、という暗い暗い物語なのだ。



つぶ鹿も41年前と23年前に悔やんでも悔やみ切れないヘタレだった。


デローリアンで過去に戻れたら、その時の自分をぶん殴ってやりたい。


     (((( ;゜Д゜ )))) ガクガクブルブル


差し障りがあるので、これ以上は書けないが、


「マディソン郡の橋」は二度と見ない。



1995年に見ていたら、発狂したかも知れない w





2017年10月31日 (火) | 編集 |

最近、中学高校の同級生でつぶ鹿と同じ鹿をやっていたNさんの逝去を知った。


Nさんはとてもおしとやかな女性で、高校では華道部でつぶ鹿のような不品行な人間からは遠い存在ですらあった。

一流大学を出て一流企業に就職、エリートコース一直線の人生を歩んでいた筈だった。

そんなNさんが、歯科大に入り直して歯科医師になり、開業したと知った。


つぶ鹿は嫌な予感がした


当時、既に歯科医院は過剰で、ドイツでは歯科医の失業者が2万人とも言われていたからだ。


何年か経って、保険の講習会でNさんと会った。

つぶ鹿と顔を合せるなり、

「何度辞めようと思ったか・・・」

と言って、つぶ鹿が知っているその人とは思えない、かなり疲弊した様子だった。

父親が定年になったら、社宅を出なければならない、とも言っていた。


つぶ鹿も、山一拓銀三洋証券が破綻した1997年から急速に業績悪化して青息吐息だった。

お互いに頑張ろう、という今となっては虚しい言葉をかけるのが精一杯だった。



ある時、診療所にTELしてみた事があった。


留守電で「昼休み中なので後で掛け直せ」という意味のメッセージだった。

おいおいTELくらい出なきゃまずいだろうと思い、後にそう話したのだが、それでいいのだ、とバカボンのパパのような返事が来た。

       ( ;´Д`)

その後、Nさんと仲の良かった旧姓K本C子氏から、

「電話しても出ない」
「居留守を使う」
「約束もドタキャンする」
「もう相手にしたくない」

という話を聞いた。


つぶ鹿がTELしてみても出なかった。


旧姓K本C子氏の話では、その頃はスタッフは居なくて、母親が受付&アシスタントをしていて、月◯◯◯万返済している、との事だった。


つぶ鹿にはその最後の部分が事実でない事はすぐに分かった。


つぶ鹿も連れ合いが受付&アシスタントだったが、素人の母親を使うような体勢では月◯◯◯万どころか◯◯万すら返済不能だからだ。


別に虚勢を張った訳ではないだろうが、親しい友人に実情を知られたくなかったのだと思った。



それから更に何年か経って、高校同期の飲み会の誘いがあり、行ってみた。

そこにNさんも来ていたのだが、

派手な化粧をして、薬屋のMRらしい若い男を伴っていた。


つぶ鹿には完全にはじけているように見えた。

苦しい状況ではないのだろうと思い、その時は殆ど話もせずに終わった。



その後、Nさんが歯科医師会を退会した事を知った。

高校の名簿では、何年も後までNさんの職業が◯◯歯科医院になっているのを見て、同級生との交流も無い事が推測された。



またまた何年か経て、Nさんから手紙が来た。


診療所を閉めた、今後は往診専門医としてやって行きたい、しかし、診療所なしの往診のみは認められない、との事だ。

そこで、つぶ鹿に名義を貸して欲しい、という内容だった。


これには困惑した。 ( ´゚д゚`)


名義を貸すといっても、つぶ鹿がNさんを雇用して給与を支払う、という形になってしまう。


それは到底不可能だし、

こういう事は予め根回しも必要だ。


そんな理由で、この話はお断りする事にした。




そして月日は流れ、2011年の立春の後、Nさんから葉書が届いた。


そこにはつぶ鹿の膵臓の具合が悪い事や、母親の具合が悪い事を何故知っているのだろうか?と首をひねるような文章があった。


更にNさん自身も、辛い事が重なったり心身ともに落ち込んで、というような文面だった。


その諦観したような文章は、つぶ鹿にはあたかも彼岸から来た葉書のような気がした。


Nさんの身に何かあったとしか思えなかった。

気にはなったが、それ以上触れてはいけないような雰囲気があった。




そして6年後、中学の級友からNさんが他界していた事を聞いた。


中学高校の友人とも一切交流を断って、寂しく逝ってしまったNさん。。。



保険の講習会で会った時の、何かにすがりつきたいような表情を思い出すと胸が痛む。


つぶ鹿は何の役にも立てなかったが、悪徳金融業者絡みでない事を願うばかりだ。

  
     

2017年07月09日 (日) | 編集 |

5月の終わりから、法定相続情報証明制度というものが始まった。


これは、相続手続きに際して、毎回戸除籍謄本を山のように提出しなくて済む、というものだ。

一旦、法務局に被相続人の全ての戸除籍謄本、相続関係を一覧に表した図 (法定相続情報一覧図) 、被相続人の住民票の除票、相続人全員の戸籍全部事項証明書とを提出すれば、登記官が認証した法定相続情報一覧図の写しを入手できる。

法定相続情報証明


以後の相続手続きには、この一覧図の写しだけで済む、というものだ。


つぶ鹿には、不動産の名義変更という重大任務が残っているので、これを利用しようと云う事になった。

不動産の名義変更では、戸籍関係の書類の返還手続きがとてつもなく大変だからだ。


しかし、この申し出には膨大な量の戸籍関係書類を集めなくてはならない。


これまでに行った預貯金関係の相続手続きでは、公正証書の遺言があり、つぶ鹿が遺言執行者に指名されていたので、被相続人の全ての戸除籍謄本は不要だった。


今回は、被相続人が生まれてから死亡するまでの、全ての記載がある戸除籍謄本を揃えなくてはならない。


これが一筋縄ではいかなかった。


法務局の Q & A には、以下のような図が記載されている。

出生→死亡迄の戸除籍謄本


被相続人 (父親) の生誕地で改製原戸籍謄本と除籍謄本、現在の本籍地で改製原戸籍謄本と父親の死亡が記載された戸籍の全部事項証明書を取得した。


これで良いと思ったのだが、実は大きな見落としがあった。

          (・A・)

戸籍というものは、戸籍法が改訂される度に新しい様式の戸籍が作られ、古いものは改製原戸籍となる。

戸籍法の改訂は大正4年と昭和23年 (実際の改製は昭和32年) にあって、生誕地の改製原戸籍謄本は昭和23年式のものだったのだ。


父親は大正生まれなので、大正4年式の改製原戸籍を探さなければならない。


父親は結婚するまでは祖父の戸籍に入っていた訳だから、祖父の大正4年式の改製原戸籍を取得した。

やれやれ、大変だったわいと思いきや、法務局からは曾祖父の原戸籍が必要だ、と云われた  ( ;´Д`)


昭和23年式以降の戸籍には、親子関係の記載しか無いのだが、大正4年式では親子孫まで記載されており、父親は 0〜2才の間は曾祖父の戸籍に入っていたのだ。


曾祖父の原戸籍は現在の本籍のある自治体にあるらしいので、役所に行って探す事になった。


役所で戸籍証明等申請書を出すのだが、生年月日が不明なのでなかなか発見できない。


現在の戸籍情報はコンピューター化されているので、検索で一発で発見できるのだが、古い戸籍を探すのは大変らしい。


ようやく発見された曾祖父の原戸籍を見ると、生年は嘉永年間 (江戸時代!) だった。

明治天皇の生誕当時だ。


被相続人の全ての戸除籍謄本が必要なのは、離婚歴があって子供が居ないか?とか、認知した婚外子がいないか?を知る為なのだが、生殖能力の無い 0〜2才が必要なのかよ、と云いたくなる。

         ヽ(`Д´)ノ  

ともあれ、これで法務局での手続きが少しは楽になる筈だ。

          (・∀・)

       

2017年06月18日 (日) | 編集 |
愛車のワゴンR 、気に入っているけれど、CVTになかなか慣れない。


CVTは無段変速なのでシフトショックは無い筈なのだが、トルクコンバーター+遊星ギアのATのようなシフトショックを感じる。


このCVTには遊星ギアの2段副変速機が付いていたのだ。

これはスズキ、日産、マツダ、三菱車に採用されているという。



副変速機のLo ⇄ Hi で自動変速するので、シフトショックとキックダウンがあったのだ。  
          ( ;´Д`)


小型のCVTユニットではプーリー径をあまり大きくできないので、変速比の幅を広くする為に副変速機を用いるらしい。


要は、巡航時のエンジン回転数を下げて、燃費向上を狙ったものだろう。


カタログ上の燃費が如何に重要かは、データを捏造した某M社の例を見れば明らかだ。



但しこの副変速機、ドライバビリティは良いとは言えない。



CVTは初代 HONDA FIT で慣れていたのだが、こいつには副変速機はなかった。


副変速機付CVTは走り出し時に、MT車の半クラッチのような「滑り」がある。


トルクコンバーターのスリップなのだろうが、エンジン回転は上がるのに、なかなか加速はしない、というタイムラグがある。


トルクコンバーターがロックアップしないような感触だ。



余談だが、昔々の初代 HONDA ACCORDに搭載されていたホンダマチックがこんな感じだった。

ホンダマチックはトルクコンバーターと2段ギアで、自動変速しない「L」と「☆」を用いていたが、ロックアップがないので常に「滑る」感触だった。


副変速機付CVTで特に問題なのは、右左折する際に減速 → 加速する時に思うような加速が得られない事だ。



価格.comのクチコミ掲示板でもこの件が多く寄せられている。


Sモードにすれば違うのかも知れないが、シフトパターンが D ⇄ S ⇄ L なら良いのだが、D ⇄ L でS は横のボタンというのは使い難い。

CVTセレクターS


これが副変速機付CVTの仕様だと云われればそれ迄だが、CVTのプログラムには学習機能があるというから、自分の運転パターンを学習するまで気長に待つか。

        (・∀・)
      


2017年06月10日 (土) | 編集 |
待望のワゴンRが納車された。

Wagon R


あまり走行していないので評価は暫定的だが、概ね満足している。


以前乗っていた初代ミニカ・トッポと比べたら同じ軽自動車とは思えない程の差がある。

着座位置が高いので腰にも楽だし、頭上のスペースも十分余裕がある。


難があるとすれば、速度計がかなり左にオフセットされていて見にくい事だ。

ダッシュボード全景
   

AM/FM/CDプレーヤーの収まるパネルは巨大で、鬼太郎のぬりかべか千と千尋のカオナシのような雰囲気だ w


AM:FM:CD


このアングルだと速度計が見えないが、運転席からは見える。



後部座席は誰かが乗る機会は極めて稀の筈なので、思い切り前に出してトランクスペースを広くしているが、ゴルフのキャディバッグは十分2つ乗りそうだ。


猫が怒っているような顔に見えない事も無い  ^^;


テールゲート開口部
    

Aピラーはかなり立っているので、右前方の視界に不安を感じる事は無い。


運転していて不満を覚えるのは、CVTのセレクターに「S」が無い事だ。


セレクトレバー



つぶ鹿は減速する時は、まずセレクターを「S」にしてエンジンブレーキで減速の後にフットブレーキを踏むのだが、「S」がないのは不便だ。

「L」ではギア比が下がり過ぎてエンジンブレーキが効き過ぎる。


セレクトレバー横のボタンで「S」にすれば良いのだが、このON ⇄ OFF は煩わしい。


3月まで乗っていた初代HONDA Fit はセレクターに「S」があったので使い易かった。


「S」にするとエンジンの回転数が上がり、確実に燃費は悪化するので、敢えて選び難くしている、隠しメニューのようなものと思われる。



セレクトレバーがダッシュボード中央下部にあり、パーキングブレーキがペダルタイプなのは足下を広くするためだろうが、慣れないのでありもしないセレクトレバーを探して左太腿の横に手を出す事が頻発して困った。

         ( ;´Д`)


パワーステアリングのアシストが不自然なのも違和感があるが、これは慣れれば大丈夫だろうか。


いずれにしても、ゴルフ場、法務局、病院へ楽に行けるようになった。

       (・∀・)!